時に天正十年。洛陽といえば、大唐帝国でも有数の大都市である。
その洛陽の二千里ほど南に、一台の荷馬車の姿があった。
どんよりとした黒雲が、夜空を西へと流れてゆく。時折雲の隙間から漏れる月明かりに照らされた馬上の女の表情は、ひどく陰鬱なものだった。
「……遅かった」
女が手綱を引くと、馬のいななきと共に荷馬車は停止する。
そこには、累々と死体が打ち捨てられていた。ざっと数えたところで、三十体ほど。それも若者ばかりだ。辺りには肉の焼きただれたような臭いが漂い、焦げた衣服の切れ端が夜風になびいている。
「まだ、間もないか」
呟くと、女は何の躊躇もなく馬から降り立った。
死体の間を縫うようにして歩き、値踏みをするような目で辺りを睨め回す。
と、その足が一体の死体の前で止まった。
「うむ、これなどは状態が良いな」
満足した様子でうなずくと、女は指で宙を切る動作を繰り返す。
四縦五横。反閇と呼ばれる道教独特の呪術儀式である。
ぼう、と暗闇の中で死体が黄金色の光を帯びた。
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